Report in New Zealand|清水直行

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清水直行
清水直行
2014年07月01日 [レポート]
もう、多くのみなさんがご存知だと思いますが、土曜日(6月28日)、QVCマリンフィールドで千葉ロッテマリーンズ対オリックス・バファローズの試合前に、私の引退セレモニーをやっていただきました。
当日は朝から雨が降っており、試合があるのかどうか心配でしたが、午後にはほぼ雨も上がり、無事に試合が行われました。セレモニーでは、マリーンズ在籍中、ずっと変わらぬ声援を送ってくださった、多くのファンのみなさんに、お別れの挨拶をすることができて、本当によかったです。
こういう機会を設けてくれた千葉ロッテマリーンズの選手、関係者の皆様、協力いただいたオリックス・バファローズのみなさん、横浜DeNAベイスターズのみなさん、そして何よりも、当日も大きな「直行コール」を送ってくださったファンのみなさんに、あらためて、「ありがとうございました」と言わせてください。

清水直行

自分自身、昨年末に引退の決断をし、3月に会見をさせてもらった時に、けじめをつけた気持ちではいましたが、心残りは長い間、清水直行に声援を送ってくださったファンのみなさんに、直接、お別れのあいさつができなかったこと。それが実現できただけで、もう、思い残すことはありません。

セレモニーのあいさつでも言わせていただきましたが、今後は、これまでとは違った形で野球人として精進し、貢献できるよう、頑張っていきたいと思います。
まずはいま、ニュージーランド・ベースボールのコーチとして、ニュージーランドの野球のレベルをどこまで高めていくことができるか、それが私に与えられた仕事です。
日本野球との懸け橋になって、技術交流、文化交流が果たせるよう、努力していきたいと思います。

4月末から約一ヶ月間、ニュージーランドに行って何をしていたのか、ご報告をしていなかったので、ここで少しお話ししておきたいと思います。

以前からお話ししていますが、南半球にあるニュージーランドは、日本とは逆で季節は秋から冬に向かうところ。今はウインタースポーツが盛りです。
野球はいわばオフシーズンであり、試合は行われていません。しかし、今年はU−15(15歳以下)のワールドカップが8月にメキシコで、秋にはU−12のカル・リプケントーナメントにも出場するので、その世代の練習が行われており、その練習を見て、求められれば、指導もしてきました。

 私は、強くなっていくためには多くの経験が必要と思っています。試合をすること、見ること、習うこと、それらの一つ一つが、ニュージーランドの子供たちにとって、とても大事なことと考えています。ですから、条件が許されるならば、それらの少年大会をはじめとして、いろんな大会に、さまざまな世代の選手たちを出していかなければならないと考えています。

 しかし、そこには問題があります。そうです。大会に出場するために資金です。
 これまでは、選手たちの親御さんたちがお金を出し合って、その遠征の滞在費や航空費を工面して、実現させてきました。そういった金銭的な負担をできるだけ減らせないものかと考えてきましたが、現実的にやはり、親御さんたちに頼るしかないのが現状です。
 スポンサードしてくれることを期待して、ニュージーランドでも、日本の企業をはじめ、いくつかの企業とも話はしてきましたが、いきなり飛び入りで言って、「はい、OK」と言ってくれる企業は、あたり前のことですが、簡単に見つかるはずもありません。
 今後、オリンピックに野球競技が復活するということになれば、ニュージーランドのスポーツ省などが、多少なりとも資金面でサポートするという形になってくれる可能性があるのではないかと、期待は持っています。
 そういったサポートを期待しながら、個人的には、日本との交流、合同練習や交流試合というものができるように、環境づくりの実現に向けて、会議や話し合いをたくさんしてきました。

 日本では、『清水直行、ニュージーランドのコーチ就任』となっているため、野球の技術指導だけやっているのではないか、と思っておられる方が多いようですが、むしろ、こういった話し合いや交渉事の方が多いのが現状です。
 予算のことを含めて、そういう活動を皆さんに理解していただいて、単発でもいいから、ちょっと支援してやろうかという企業や団体が一つでも出てきてくれることを、期待したいと思います。

 ニュージーランドと日本との交流については、私のそういう活動を理解してくれてのことだと思いますが、私がニュージーランドでの生活の拠点としているオークランド市にあるオークランド・ツーリズム(ニュージーランド政府の地方観光局)から話をいただいて、5月27日、観光親善大使に就任いたしました。
「オークランド」と聞くと、日本では多くの方が、アメリカのカリフォルニア州にあり、MLBアスレチックスの本拠地でもある「OAKLAND」を連想されると思いますが、ニュージーランドの「AUCKLAND」への認知を広げていって、野球はもちろんですが、ほかにもたくさんの観光につながる活動ができればと思っています。

 そういった活動の中から、さまざまな交流が生まれてくると思うし、実際に日本の子供たちとの交流が実現することになれば、それは、つまりは、野球文化の発展にもつながる。日本人、日本の子供たちにとっても、いろいろな国の子供たちと交流することで、いろんな刺激をもらえる。ニュージーランドの子供たちにとっては、僕だけでなくて、いろんな人から技術を学ぶチャンスにもなる。ぜひ、実現させたいと考えています。

このレポートやFacebookに、今後の活動についてもいろいろ書き記していきますので、たくさんのご理解、ご支援をいただければ、ありがたく思います。

では、今回はこの辺で。


清水直行

清水直行


2014年04月25日 [レポート]
少し、間が空いてしまいました。
私はまだ、日本にいます。

いい天気が続いたかと思うと、突然寒くなったり、春は「三寒四温」で日によって天気が変わるとは言いますが、こういう時だからこそ、体調管理はしっかりとしなければなりません。風邪などひかないように。

先週末に、やはりQVCマリンで解説をしたときは、小雨交じりの天気の上に、試合も延長12回までと、ながーい1日となりました。

解説の仕事はスタジアムのブース内でやるため、現役時代のように試合中、寒さを実感することはないのですが、グラウンドに立っている選手たちは大変。特にピッチャーは、寒いと手が思うように動かないこともあるし、乾燥して、ボールが手にしっくりこないこともある。
また、この日のように雨が混じってくると、指を濡らさないように、細心の注意をしなければならない。

ただ、どちらかというと、僕は乾燥体質の肌だったので、小雨の日はしっとり感が出て、むしろ好きといっていいくらい。決して嫌いではありませんでした。
もちろん、激しい雨の時は、中止や中断の心配もしなければいけないので、調整も難しいし、試合中に足場がぬかるんでくると、やはり気になります。

それでも、スタジアムスタッフに砂を入れてもらったり、しっかり対処していました。
雨が降っても、相手チームも同じ条件でプレーしているわけですから、それは言い訳になりません。
そこは「プロ意識!」ということでしょうか。

ニュージーランドには、はっきりとした雨季はないですが、冬に(南半球ですから、日本では夏の季節です)結構雨が降ることが多い。特に、私のニュージーランドでの生活の拠点となるオークランド市をはじめとする北の島の方が、南に比べて雨が多いと言われます。

雨が降ると練習はどうするか。

前回、これからは冬になるので、選手たちはウインタースポーツを楽しむ季節、野球は中断、といった内容の話を書きましたが、実は今年、15歳以下のワールドカップなどが予定されており、冬の間に選手を招集し、それに向けての練習もしなければなりません。

今回のチームに関して言えば、私は選考に関わっていませんし、選手のプレーをこの目で見る機会も少なかったため、練習を指揮することはない予定ですが、それでも、ナショナルチーム統括コーチという肩書をもらっている以上、関わらないわけにはいきません。求められれば、指導する機会も当然あると思います。

雨の話ですが、今のニュージーランドには、グラウンド一つとっても野球専用のものがないように、当然ですが、野球用の室内練習場はありません。
少々の雨であれば、そのままプレーすると思いますが、冬は「雨季」と言ってもいいくらいに、雨が多い年もあると聞きます。どう対応するか、悩ましいところです。

一応、クリケット用の室内練習場はあるので、そこをお借りして打撃練習や、キャッチボールなどはできると思います。

広い室内練習場ではないし、もちろん野球向けに作られているわけでもないので、シートノックや試合形式の練習などは当然できません。

将来的には、室内練習場など本格的な雨対策が必要になってくると思いますが、現時点では、練習中は雨が降らないよう、神様にお願いするほかはないのかもしれません。


では、今日はこの辺で。

2014年04月15日 [レポート]
3月25日に現役引退とニュージーランド代表チームのコーチ就任の記者会見をした翌日にニューランドに向かい、日本に帰国したのが4月4日。すでに10日が過ぎました。

ニュージーランドに向かう前は、やっとほころび始めていた桜ですが、満開を過ぎ、散り始めていました。

“飲めや歌えや”の「お花見」は、現役選手でいる間は、経験したことはないのですが、それでも桜を見るだけで、やはり心が和むものです。

ところで、今回ニュージーランドに向かったのは、正式にコーチ就任が決まった後の、視察、下見、関係者やコーチとのあいさつ、打ち合わせなどが主目的。グラウンドで、選手を実際に指導することはありませんでした。

住まいもいくつか候補を見てきましたが、実は、ナショナルチームが使用するグラウンドを新しく作る計画が出てきており、それが早い段階で実現するのであれば、やはり、そのグラウンドの近くに住居を構えたほうがいいという考えもあって、今回は決めてきませんでした。

日本に帰国してからも、今回の一件でお世話になった方々へのあいさつや、打ち合わせなどで毎日、忙しくさせてもらっています。
4月12日には、解説の仕事をいただいて、久しぶりに古巣・千葉マリンスタジアム(現QVCマリンフィールド)に向かいました。スタジアムの前を歩いていると、多くのファンの方に声をかけてもらいました。マリーンズを離れて4年経つわけですが、今も、こうしてファンの方に声をかけてもらえるのは、うれしいものです。

そんな私ですが、実は現役時代は、人がたくさんいるところを歩くのが苦手でした。変わらず応援してくださっていたファンの方々にとっては、失礼な振る舞いもあったかもしれません。反省しています。正直に言いますと、苦手というよりも怖かったというのが本音です。

何が怖かったのか。

ファンの方が、という意味ではありません。道を歩いているときに、近寄ってこられるのが、すべてファンの方だとわかっていたのだったら、そんなこともなかったのでしょうが、実際は、顔も名前も知らない方から、思わぬ声の掛けられ方をするかもしれない。相手チームのファンで、罵声を浴びせられるかもしれない。今の世の中、何が起こるかわからないわけで、トラブルに巻き込まれるかもしれない。そういうことを考え始めたら、怖くて、できるだけ人がいないところを選んで歩いていたような気がします。

今はそんなことはありません。声をかけていただくのは、大変うれしいです。

帰国してから、この10日間というもの、知り合いからは、「あれ、なんでいるの? ニュージーランドに行ったんじゃなかったんか」と、よく声をかけられました。確かに、記者会見までやって、ニュージーランドに行ってきます、と言ったわけですから、しばらくはニュージーランドに行ったままと思っていた人も多かったみたいです。

日本で野球をやっていると、勘違いされている方も多いと思うんですが、ニュージーランドは南半球の国です。あたり前ですが、季節は日本とは逆で、夏が終わり、今は秋、これから冬に向かいます。野球シーズンと言われるのは、だいたい10月から3月までで、今はまさにウインタースポーツのシーズンです。

プロ野球はありませんから、選手たちは、日本のように1年中、野球をやっているわけではないのです。冬になればウインタースポーツを楽しむし、普段は、学生は学校に通うし、シニアは仕事をしなければならない。

そういった生活の中に、どれほど野球を浸透させていくことができるか、それが今後、私にとっての大きな課題になっていくのだと思います。

日本の野球界の友人は、簡単に「オレもニュージーランドに行きたい」「ニュージーランドに招待してくれ」と言います。悪気がないのは承知していますが、予算がないので『招待』は無理。でも、ニュージーランドに来てくれるのは大歓迎。日本のオフの期間は、ニュージーランドは野球シーズンの真っ最中ですから、ぜひ、ニュージーランドに来て、その技術を選手の前で見せてやってほしい。『百聞は一見に如かず』で、目の前で技術を披露してくれることがなによりも上達への近道と思っていますので、ニュージーランドに興味を持ってくださる友人、知人には、そう伝えたいと思っています。

今日は、これくらいで。



2014年03月27日 [レポート]
一昨日3月25日、現役引退とニュージーランド・ナショナルチームの統括コーチへの就任を発表しました。
インターネットで自分のことが記事になり、それをご覧になったファンの皆さんの反応を見ても、「ご苦労さま。お疲れさま」と声をかけてくださる方もいれば、「え? まだ引退していなかったの。とっくに引退したと思っていた」と、驚きの声をあげておられる方もいらっしゃいました。
まあ、無理もない。
2012年に横浜DeNAベイスターズから戦力外通告を受けて、昨年1年間は、どのチームの所属せずに過ごしていたわけで、引退したと思っていたという声があがっても、仕方がないことだと思います。
実際、昨年は、戦力外通告を受ける最大の理由となった、痛めた左ひざの治療、リハビリとトレーニングを続けながら、現役復帰の夢を持ち続けていました。
ご記憶の方もいらっしゃるとは思いますが、東京ヤクルトからは、入団テストのお誘いも受けました。当時は、普段の生活にも支障が出るほどに左ひざが痛み、テストどころではなく、せっかくいただいたチャンスでしたが、こちらからお断りさせていただいたという経緯もあります。
関係者やファンの方々からは、いつまでも待っているから、けがを早く直せ、という温かい声をいただいたこともあります。
自分自身、野球が好きで、いつまでも野球をやっていたいと夢を持っていました。しかし、一方で、ベストな状態に戻って、現役に復帰することが可能なのかと、自問自答したときに、次なる道を探すことも、考えなければいけないのではないか、という思いも、頭をもたげてきました。
そんなとき、ふと頭の中に浮かんだのが、アテネ五輪の日本代表メンバーに選ばれた時、長嶋茂雄日本代表監督から掛けられた一つの言葉でした。
「野球の伝道師であってほしい」
日本代表メンバーに選ばれたということは、広く世界に野球を伝えていく、そういう役割があることを自覚してほしいと、選手に呼び掛けられました。

「野球の伝道師」――。
現役を退いたのち、世界に野球の楽しさ、おもしろさを伝える、そういう仕事をできたら、それはそれで、意味のある、これまでお世話になった野球界に少しでも恩返しできることなのではないか、そんなことを考え始めたのです。
それが、去年の夏のことでした。

それからは、時間があれば、PCでネットサーフィン。世界で、野球はどれほど広まっているのか、自分が役に立てそうな国はないか、毎日のようにパソコンを開いて、行きついたのが、ニュージーランドの野球だったのです。
正直なところ、ニュージーランドのスポーツと言えば、「オールブラックス」のラグビーしか思い浮かばなかったのですが、前回のWBCの一次予選では、フィリピン、タイを下して2勝。最後、台湾に敗れ、予選敗退となりましたが、身体能力の高い選手が多く、おもしろいチームに見えました。
そうなると、頭の中はニュージーランドでいっぱい。なんとか、ニュージーランドにコネクトできる道はないか、と探しました。
そのうちに、以前から、野球界の同期選手の親睦会である「昭和50年会」に、イベントなどでご協力をいただいていた笹川スポーツ財団さんから後押しをいただくことができ、秋以降、ニュージーランドで野球の指導者を務める話が一気に進展したわけです。

正直なことを言えば、まだまだ現役に未練はあります。解説の仕事をいただいて、マリンスタジアムで、選手たちがプレーする姿を見ていると、今でもうらやましく思います。

自分自身の13年間のプロ生活を振り返って、一言では言い表せないほど、濃密な野球人生を送れたと思っています。あのころ、自分もあの中にいたんだと思うと、少々せつない気持ちになることもあります。

また、一昨日の会見では、6歳で始めた野球の、32年間の様々なことが走馬灯のように頭の中を駆け巡り、これまで大きなけがもなく野球を続けられた丈夫な体の生んでくれた母親への感謝、育ててくれた父親への感謝、祖父母、兄弟、家族、あるいは友人、知人への感謝、そんな思いが一気に浮かび、途中、言葉を詰まらせたりもしましたが、今回の会見で、そんな自分の野球人生にも一つの区切りをつけ、あらためて、ニュージーランドの野球の発展に力を注ぎたいと考えています。

WBCで日本と戦えるチームにしたい、これはニュージーランド・ベースボールの一つの目標です。また、2020年の東京オリンピックで野球競技が復活するという目標に向かっても、ニュージーランドでは、小さなか力かもしれませんが、一つのきっかけになることができるかもしれない。

今回のことは、世界の野球という観点から見れば、とるに足らない小さな事かもしれませんが、自分にとっては大きな決断であり、大きな一歩だと思っています。日本には、素晴らしい野球の指導者がたくさんいらっしゃいます。そんな方々にとって、あるいは、これから指導者への道を進んでいかれる方にとって、生意気な言い方かもしれませんが、自分の今回の決断が、いい意味で刺激になり、「清水にできるのなら、オレにだってできる。オレもやってみよう」と、思ってくれる人がいたら、こんなにうれしいことはありません。今度はほかの国で、また新たな野球伝道師を目指す日本のプロ野球OBが出てきてくれるかもしれません。そんなことを、考えてみたりしているのです。

一つ一つは、小さな力かもしれないけれど、それらが集まって、世界の野球普及につながる、あるいは五輪の野球競技復活の一助になるかもしれない。そんな風になれればいいなと本当に思っています。

しばらくは、ニュージーランドと日本を行き来することになると思いますが、条件が整えば、ニュージーランドでの生活を軸として、野球の普及に努めたいと思っています。
このブログとFBなどで、ニュージーランドでの活動を皆様にもご紹介していきますので、これまで同様、温かい声援を送っていただければ、うれしいです。